2014.04.08

朝日を浴びる一茶さん

生活習慣改善3日目のご褒美は、昨日より30分前行動で、丁度一茶さんが朝日に照らされているのを見れました。

今日も一日事故なく元気で過ごせますように。

皆様も。千葉勢も体に注意して下さい。

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2009.03.25

一茶さんのお家

3261 3262 一茶さんの最後のお家です。柏原宿の大火災で母屋を失い晩年は焼け残った土蔵に住んでいたそうです。

このお家が我が家から100メートルのところにあります。

その土蔵の側の石碑には

「門の木も 先つつがなく 夕涼」

とあります。

15歳で江戸に出て14年後郷里の柏原に帰って感慨を詠んだものだそうです。

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2009.03.21

一茶さんのお墓

321 今朝は晴天。

5時30分に散歩に出ました。

お彼岸も過ぎたので一茶さんのお墓と、我が家のお墓にお参りして戻りました。

良い一日でありますように。

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2009.02.23

小林一茶4

223 一茶さんのお墓のある小丸山公園入口に哲の碑がある。信濃町に生まれ俳句をよみ一茶さん研究や記念館の運営に大きく貢献された方です。亡くなられて5年ほどになりますが、生前は父と親交があり家族でかわいがってもらいました。私の名前の名付けの親だと聞きました。父につけてもらったほうが良いのかなーなんて思いながら・・・

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2009.02.17

小林一茶3

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momoさんに一茶さんも褒められてその気になって、第3弾

 小丸山公園の入口にそそり立つ句碑に

「是がまあついのすみかか雪五尺」

とあります。50才で故郷永住を決意し、雪の故郷にたどりついてよんだ句だそうです。

今朝は暖冬が急変して真冬になって、5時から雪かきをしました。除雪隊のブルが親切に雪をかいてくれたので、楽ができました。お陰でアップができました。感謝です。

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2009.02.11

小林一茶2

2112 2113 2111 一茶さんは、1763(宝暦13)年、長野県の北部、北国街道柏原宿(現信濃町)の農家に生まれ、本名を弥太郎といいました。3歳のとき母がなくなり、8歳で新しい母をむかえました。働き者の義母になじめなった一茶は、15歳の春、江戸に奉公に出されました。奉公先を点々とかえながら、20歳を過ぎたころには、俳句の道をめざすようになりました。

その一茶さんの菩提寺が明専寺で、一茶記念館から徒歩5分ぐらいのところにあります。そこにも一茶さんの銅像と句碑があります。

「われときて 遊べや親のない雀」の句です。淋しい幼少時代を想って読んだ句です。


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2009.02.10

小林一茶1

2101 2102 長野県と新潟県の境に位置する私の住む信濃町は俳人小林一茶の生まれた町なんです。ブログを作って何年にもなりますが今年は一茶さんの紹介もしてみて、わが町再発見しようかと思いつきました。(昨晩)

信越線黒姫駅から徒歩5分のところに小丸山公園がありそこに一茶記念館があります。その裏手に小学校の頃よくかくれんぼした俳諧寺があり、一茶さんの銅像と素敵な句碑があります。

雪に閉ざされた句碑に初夢の故郷を思う句がベストマッチでした。

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